人、街、酒

第8回

ギター一本抱えて街から街へ。音楽で人と人をつなぐ桑名晴子さん。出会う人、自然、モノについて語ります。


 「商業音楽から離れて、心の歌を届けようと全国を旅しているけれど、誰に向かって届けようとしているのか、何を届けるのか、わからなくなりそうな時があるんです」と、晴子さん。

 心が通じるとは?

「年末は、最高気温が氷点下10度の旭川で過ごしました」と言うと、「そんな寒いところ、私は無理!」と返ってきた返事に「えっ?」。心の歌を唄う私の歌を聴きにきてくれる人の集まりなんだから、「空気が凍ってるってどんな景色かな?」というような、抒情的な受け留め方をされるのかと思いこんでいたんですね(笑)。チャンネルが違うと伝わらないのだなと気づきました。だったら、どうチャンネルを合わせてもらえばいいのだろう? 悩みましたね。

 正博の妹であること

 今年のお正月は、この数年の中で最も静かに過ごしました。兄の三回忌が過ぎて、これまで頻繁に訪れてくださってた方々も遠のきましたし、ようやく落ち着いた感じですね。その落ち着きの中で振り返ってみると、兄が亡くなってからの2年間、私は桑名晴子である前に、桑名正博の妹であることを意識させられてきました。ライブでも、兄が作った曲や兄と一緒に歌った曲を演奏しますが、ときどきあるのが「セクシャル・バイオレット歌って!」。
 「セクシャル・バイオレットNo.1」は、兄の歌で私の歌ではありませんし、よく出来たいい曲ですが、シンガーとしては、私には、歌いにくい楽曲です。

 バウさんの死

 お正月気分まっただ中の1月5日に、神戸元気村の代表だった、山田和尚さんがなくりました。阪神淡路大震災の時に、いち早く神戸に入り、石屋川公園を拠点としてボランティア活動を支え続け、「バウさん」と親しまれてきた人です。私は、歌って集めてきた資金で元気村にテントを作ったりテレビを置いたりして、もちろん歌も歌いました。
 その時につかんだことは、「動けば変わる」。バウさんは、そのメッセージを震災20年の年にご自分の死をもって思い出させてくれました。2月いっぱいはライブもお休みですが、充電したら動き始めますよ。
つづく


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