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な〜る

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つまがりさんのつむじ

15歳で集団就職、36歳で独立。
今では全国ブランドとなった、津曲さんのお菓子な人生物語。

第8回

〜アンテノールのころ〜

● アンテノール誕生

エーデルワイスの社長・比屋根毅氏が、「これからは日本でも最高の素材を使った、本物の洋菓子こそが支持される」と1978(昭和53)年にそれまでにない高級志向のブランドをスタートさせた。それが『アンテノール』だ。
 ヨーロッパに派遣されて修行を積み、帰国後は商品開発に携わっていた30歳の津曲さんはその理由を「技術とか才能じゃなくてね、たぶん、いちばん能天気で元気があったからじゃないかな」と語る。


●経営者修行

津曲さんはまさに、前進に元気を振り絞って、アンテノールの仕事に没頭した。それまでは一人の洋菓子職人としての視座から、お菓子のことを考えてきた。だが、今度は経営も考えながら、仕事をしなければならなかった。それは津曲さんにとって、初めての経験だった。
 まずは大阪の百貨店への出展を成功させると、次は東京へ。工場の建設から始め、銀座の老舗百貨店へ進出し、次々に百貨店に出展していく。当時を振り返って津曲さんは「数え切れない人のお世話になったよ。人の力を借りて、最高の素材を惜しみなくつかった美味しいお菓子を作り、良心的な価格でお客さんに提供する。それを徹底してやって、お客さんに食べていただきたいと言う強い熱意があれば、ちゃんと売れるんだと言うことを学ばせていただいた。」という。「アンテノール時代と言うのは、まさに原点だね。あの時代があったから、現在の僕がある」。


●独立へ

36歳のとき、津曲さんはエーデルワイスを離れる。アンテノールの仕事に全身全霊を傾けていた津曲さんだったが、そんな彼が独立を決めたのは、常に隣にいたのぶ子夫人の言葉だった。「洋菓子屋さんをやりましょう!私があなたと結婚したのは、お店をするためなんですから」。
 引き止める比屋根社長に「大丈夫です。こんな商売に不向きなところで店をやっても、すぐ失敗します。そうなったら一生社長の傍で働かせていただきます」と頭を下げて退職する
 しかし、その後、「ケーキハウス・ツマガリ」は、全国レベルの洋菓子店になってしまうのだった。


(次号へつづく)

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