人、街、酒

第2回

フォークデュオとして息の長い活動を続ける「紙ふうせん」のお二人。高校に入学して以来の同窓生の始まりです。

運命の出会い

悦治郎 尼崎市立開明小学校から大阪市立新北野中学へ進学し、中学2年の時に、武庫之荘へ転居しました。高校は兵庫県立尼崎北高校です。
 泰代さんとは、高校で出会いました。入学後すぐに「かわいい子がいる」と男子生徒の間では評判で、彼女の教室まで見に行ったものでした。
 高校時代に、ピーター・ポール&マリー(PP&M)にのめりこんだんですが、このきっかけになったのが、アメリカからの生活体験交流学生、ディック・プラギーさん。彼は標準米語を美しく話す青年だったので、発音を教えてもらいました。
 PP&Mの「レモン・ツリー」を毎晩朗読して歌ってくれるんですが、毎回音が違うんです。つまり、彼は音痴だったんですね。正確な音が知りたいという僕のために、本国からPP&Mのレコードを送ってきてくれました。日本では未発売でしたから、おそらく日本で最初にPP&Mを聴いたのは、僕でしょうね。  PP&Mの美しいメロディーとハーモニーにたちまち魅せられて、友達と一緒に学校のトイレで歌いました。トイレは音がほどよく反響して、気持ちよく歌えるんです。

泰代 私は尼崎市立七松小学校から立花中学校を経て、尼崎北高校へ進みました。「男子生徒がトイレで歌ってる。歌ってるのは、ESS部長の後藤君だよ」と友達から聞いてはいましたが、全く接点はなかったんです。  小学校時代から歌っていた「ABCこどもコーラス団」は、OBとして続いていましたし、合唱団のお友達に影響を受けて、中1から習い始めたピアノに一生懸命でした。ピアノのお月謝は、合唱団の録音料としていただいた薄謝を当てていて、それがそのまま将来の夢につながっていましたね。
 悦治郎さんとは、3年生で同級生になりました。この年の文化祭で、クラス対抗のコーラスコンクールがあり、3年6組は、「おさななじみ」と「冬の星座」の2曲を歌ったんですが、「おさななじみ」を寸劇風に仕立てて、悦治郎さんがニキビ顔の男子、私がセーラー服の女子を演じて、コンテストでは1位を取ったんです。

悦治郎 この時のキャスティングは投票で決めたんですが、実は根回しして、僕と泰代さんが共演できるようにしてしまいました。(笑)

 悦冶郎さんの泰代さんへの情熱は、高校卒業後もますます強くなっていきます。やがて二人で音楽活動をするようになるのです。

つづく


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