第6回
辰馬本家酒造株式会社の第15代当主・辰馬章夫さん。酒造りの環境についてお話いただきました。
広い土地が必要
酒蔵は昔から広大な土地に軒を連ねてきました。酒造りは、麹菌、酵母菌といった微生物の培養ですので、清潔で安定した環境が不可欠なんです。温度や湿度管理も大切です。
阪神淡路大震災で平面的な木造蔵がほとんど倒壊し、立体的な近代蔵へと姿を変え、土地の使い方もコンパクトになりましたが、それでも広い土地を占有しています。それを逆に乱開発の防波堤とし、クリーンな環境を後世に伝承するとともに、酒造りの技を一層磨き、郷土の発展に寄与することでご恩返しをしようという気持ちを各蔵元は共有しています。
宮水について
阪神・西宮駅から南へ徒歩10分くらいのところに「宮水発祥之地」があります。天保年間に発見された宮水は、酒造りに理想の水で、全国名水百選にも名を連ねているんですよ。花崗岩質の六甲山系からの伏流水で、発酵の大敵である鉄分が含有されず、リンやカルシウム、カリウム、それに若干の塩分を含む硬水で、灘の芳醇な酒を育む酒造専用水です。
「西宮の水」が転じて「宮水」になったのですが、西宮で湧く水すべてが「宮水」ではなく、宮水地帯の浅井戸から湧く水のみを「宮水」と呼びます。
灘五郷には、1954(昭和29)年に「宮水保存調査会」が発足し、用途の限定や水質の定期的調査をはじめ、鉄道などの公共土木工事に対しても地下水への影響を綿密に検討するなど、宮水保全に尽力しています。会長は歴代の西宮市長で、地域を挙げて宮水の水脈を守っていただいています。高速道路の橋脚も西宮では水脈を避け間隔が調整されているんですよ。ありがたいことです。
阪神淡路大震災の折には、水が濁って大変心配しましたが、しばらくしたら元に戻りました。えべっさんのご加護でしょうか。
成分分析はできますが、現在の科学でも同じものがどうしてもできない神秘の水ですね。毎日水質検査をして自然の摂理に反しないよう大事に使っています。
酒の原料となる「宮水」は酒造専用水、「山田錦」は酒造専用米。どちらも単品としては、それほど美味しいものではありません。平凡な味の父と母から、とびきりの灘の酒が生まれるのです。これぞ、匠の技のマジックですね。
つづく
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