
1962年に初優勝して以来、勝利を積み重ねる杉原輝雄プロ。90年までのツアーで勝てなかった年は、76年と87年だけ。最低1勝、多い年は5勝していました。「いくつ勝ったから満足、というものではありません。プロとしていくらでも勝ちたいし、稼ぎたいです。71歳になった今も勝ちたいという気持ちはあります」
73年、男子プロゴルフに賞金ランキングが導入されました。試合数も、年々増えて、73年は公式・公認競技が35試合。 賞金総額も年々高額になっていきます。それまで、稼いだ額はわかっても、その年何番目なのか、ということは発表されていません。初ランキングで杉原プロは3位で約1、400万円を稼ぎました。トップは尾崎将司プロ。この賞金ランキングの上位30人
(83年からは上位40人、87年から上位60人)が、シード権といって、 来シーズンの試合の出場権をもらうことができます。
尾崎プロがデビューしたのが70年。プロ野球界から転向して プロゴルファーになった選手です。
「正直、他の世界で活躍できなかった選手がゴルファーに なってもどうかな、という気持ちはありました。でも、尾崎君のゴルフを見て飛ぶし、うまいなと感じました。
僕も飛距離を出さなければ、という思いになりましたね。 僕の球筋はフェード系でしたが、飛距離を出すためにはフック系のボールを
打つ必要があると練習をしました。それだけ、彼のゴルフは刺激になりましたね」。
83年には日本プロゴルフ選手会が発足し、杉原プロは初代の会長を5年務めています。選手会は選手間のコミュニケーションを図り
、選手の意見や要望をプロゴルフ協会にあげて、よりよいツアーを作っていこうという目的で作られました。杉原プロの人望の厚さゆえの会長職なのでしょう。
「プロゴルファーの中には、プロだからえらいと思っている人もいます。 僕は『試合に出させていただいている』という気持ちですが、中には『試合に出てやっている』という態度の選手もいます。それは間違いだと思います。様々なスポーツの中からゴルフの試合のスポンサーに
なってくれるのもありがたいことです。自分でゴルフ場の設計や監修の仕事をさせていただいてからは、コース造りや管理をする方々の大変さもよくわかりました。プロゴルファーとして華々しい活躍の陰には、たくさんの人が支えてくださっているんだ、ということがわかってきてより一層感謝の気持ちが強くなりました」
強くなって、天狗になっていく選手もいるようですが、杉原プロはより謙虚に、礼節を重ん じています。
ゴルフでは身体で覚えた技術はもちろん大切です。しかし、いくら技術があってもメンタル面が弱いと大事なところでミスをして、致命傷になることが度々あります。杉原プロの練習熱心さは有名ですが、精神面でも己に厳しく、自分との戦いを続けてきたからこそ、
たくさんの勝利を挙げてこられたのでしょう 。











